佐藤集雨洞の洞穴

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本を愛したデザイナー ―教え子からみた日下 弘のエディトリアルデザイン (二) [湯浅レイ子氏]

前回から連載を開始した、「本を愛したデザイナー ―教え子からみた日下 弘のエディトリアルデザイン (二) [湯浅レイ子氏]」、今回はその第二回。日下氏の実際の授業の様子がどんなものだったかを、まとめていただいた。

 

日下先生の4セッションの内容

 私が昭和55年9月から翌年3月の間に受けた授業、それは次のようなものでした。

「1. エディトリアルデザイン概論」

 本のデザインとは何か。レオ・レオニの絵本「あおくんときいろちゃん」(日本語版至光社刊)の考察。ページを繰るごとに青と黄色の重なりが変化し、混合した色が変化する素晴らしい一冊である。

41KDDCK06DL._SX454_BO1,204,203,200_あおくんときいろちゃん (至光社国際版絵本) | レオ・レオーニ, 藤田 圭雄 |本 | 通販 | Amazon

20160421161846043 全部混ざると何色?...絵本「あおくん と きいろちゃん」 - 一日駄文、本当は絵本日記

 ミハイル・エンデ 「はてしない物語」(岩波書店)での本文の2色使い分けのリズムについての考察。現実の世界がワイン・レッド。主人公が読んでいる本の世界がダーク・グリン。二色のコーティネイトの見事さについて。「視覚リズム考」†に詳しい。

(†日下弘(1984)「視覚リズム考」  北野徹・日下弘・ジュンキョウヤ『リズムの発見』(もりの出版)所収)

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(『はてしない物語』の一ページ)

「2. 平面構成」

 各自、自由題により白い紙に平面構成する。

 私は赤いハイヒールを履いた女性の足と男性の黒い靴が階段を上がる構成をしました。これは創元推理文庫のデザインの雰囲気を意識したものだったのですが、「よくない」と評価されました。自分でも納得。自分らしい構成ではなかったです。

「3. 資材選定(上製本装幀を想定して)」

 教室中にたくさんの装幀資材、紙や布などの見本帳を沢山広げて、何がはじまるのか。自分で好きな1冊の本を選び、その本の装幀資材を選ぶ。その資材のチップを紙に貼って提出という課題でした。

 私は、「瀬戸内晴美の官能小説」というタイトルで、見返しにうす紫の紙、表紙には赤地に金糸銀糸の布を選び提出。これは絶賛されました。

 まず選んだタイトルが「いいねえ」。

 資材は「一体どうしたらこんな組み合わせでこんな布が選べるんだ。自分は装幀資材を選ぶ時に一人で事務所で徹夜になることもある。それだけ悩む。それなのにどうしてこんな短い時間で選べるのだ」と質問されました。先生は幼い頃から高度なデザイン教育を受けられた方で、クラシックに親しみ、ヨーロッパの紋章を研究されてきた方。私は小さな時から日本舞踊と和服の好きな家族に囲まれてきたので、金糸銀糸の布は見慣れたものだったのです。先生の理解の範疇にない資材の選択が珍しかったのでしょう。

 以後も「官能小説、よかったなぁ」とお褒めにあずかったのでした。まだ寂聴氏が出家前のことです。

「4. レイアウト(全員同じ素材でレイアウト、指定紙を作成)」

 クラス全員に同じ材料が配布されました。「日本の箪笥」という書き文字、箪笥の写真、テキスト。その素材を自由にレイアウトする。同じ素材で20名、20種のデザインが上がり、先生に選ばれた1点のみ色校正を学校がとってくださるセッション。絶対に選ばれようと頑張りました。ある日教室に行くと自分の指定が色校正となって机の上においてありました。大変感激しました。色校正は今は散逸しましたが、指定紙は現在も残っています。

まだ、教えてほしいです。これで終わりなんて。そんな。

 4つのセッションは今から考えると短い時間でしたが、本に関わるデザインがいかに魅力的かとぐいぐい引き込まれる内容でした。

 最終授業の時、黒板に自分の事務所の連絡先を書かれて、全員に「遊びにきてください」と述べられ、スクールは終わりました。すぐにクラスメイト3名と事務所に遊びに行きました。赤坂の一ツ木通りを入った静かな環境にあり、1階は小料理屋でした。

 「よくきたね。僕はみんなに遊びにきなさい、と言った。君たちは実際に来た。デザイナーにはそういう積極性が大切なんだ」と褒めてくださり、今までの作品をみせて下さり、そのあと近くの料理屋でご馳走してくださいました。

 デザイン事務所の下に飲食が入っているのは、とっても危険なことなんだ。だからいつも帰る時には、ポジを冷蔵庫の中に入れて帰る。2階の事務所から階段で降りる時にそう教えてくださいました。当時は全てポジフィルムで、今のようにデジタル複製がない時代。ポジはデザイナーにとっても命でした。冷蔵庫の中ではありませんが、ポジの保存はデジタルの時代になっても慎重にしています。

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