佐藤集雨洞の洞穴

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本を愛したデザイナー ―教え子からみた日下 弘のエディトリアルデザイン (五) [湯浅レイ子氏]

湯浅レイ子氏による連載も今回で五回目となった。今回も、日下弘氏のデザイン論を論じていただいた部分を掲載する。ではさっそくどうぞ。

 

装幀は色。イリュミネーション。文字。

 「善き装幀とは、單獨の意味に於いて美しい装幀と言ふことではない。書物の内容する思想、精神、氣分、情調、イメージ、エスプリ、モメント等(略)を的確に全體から把握して、美術的に構成された装幀、即ち言へば“内容の映像”であるところの装幀」と説いたのは萩原朔太郎。この部分を日下氏は「詩人の中の図像学*1」に引用しています。

エディトリアルデザインは可読性。

 当時は一部に装飾的なブックデザインが流行していました。一見してデザインした、という本が時代と若い方達の気持ちに沿ったのでしょう。

「僕はね、昨晩このノンブルの横の飾りをずっと指で押さえて1冊読まなきゃならなかった。なんでこんなデザインをするんだ。ノンブルが小口側の天地センターにあるんだ」

 水を飲んだり眠ったりするのと同じく本を読むことが日常だった先生は、本の内容に集中できない意匠は認めませんでした。

エディトリアルデザインは驚き。

「エディトリアル・デザインはページをめくるリズムを除外して、仕事の展開は語れない。」―「視覚リズム考*2

 本を開いて、ページを繰ることごとに、読者に今まで体験したことのない驚きを与える。これは、写真の選定、配置、また1冊を通して鳥瞰する眼と経験が必要となる技術・デザインです。広告のカタログと違う部分です。「視覚リズム考」で日下氏は、『御所・離宮の庭』(世界文化社)の仕事で訪ねた名園の作庭を例にして、この感覚を語られています。

エディトリアルデザインは文字。

「僕はゴシックと明朝しか使わない」

 時代は活版から写植に移り、モリサワ、写研という写植メーカーはゴシック、明朝以外にファンシー書体の新書体を販売しはじめ、デザイナー、出版社、広告は新書体を競って使用したがりました。

 「詩人の中の図像学」にて、日下氏は「朔太郎は思想を定着させる文字の図像認識も非常に高かった。「内容の思想を感覚上の趣味によって象徴し、色や、紙質の趣き深き暗示」で、読者に直接「思想の情感」を伝えることに、おざなりであってはならない根本には、美しい活字に対する強い願望があった。」と述べています。これは日下氏の考え方でもあると思います。

こどもの本

 日下氏はほとんどの分野の本を手がけましたが、現在のデザイン紙などで紹介され、みなさまがよく知っているのは『こっぷ』(福音館)ではないでしょうか。この中のページでコップの上で音符が跳ねている見開きでは、日下氏のリズムを大切にしたデザイン論を思い出します。

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中古絵本専門のオンライン古本屋  コトノハブックスより

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 他にも世界文化社の『かがくらんど』を1年間担当され、これは12冊お好きにデザインしてくださいという依頼のもので、とても楽しそうに仕事をされていました。  

【佐藤注:】『かがくらんど』の詳細は調査できなかったが、ネット上の記録に依れば、「幼稚園や保育園での月刊配布絵本」とある。 

blog.ehonhappy.com

また、国会図書館データには、1975年発刊で、2008年までは発行されていた(国会図書館に所蔵がある)とある。

 広告時代の一切を語らず、後半生本の世界に生きた日下弘氏のデザインの真髄の一部です。拙いご説明で恐縮ですが、少しでも伝わればと思います。

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*1:日下弘(1987)「詩人の中の図像学--萩原朔太郎の光と彩り」 『東京学芸大学紀要. 第5部門, 芸術・体育』 115-140.

*2:日下弘(1984)「視覚リズム考」 北野徹・日下弘・ジュンキョウヤ『リズムの発見』(もりの出版)所収)