佐藤集雨洞の洞穴

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本を愛したデザイナー ―教え子からみた日下 弘のエディトリアルデザイン (三) [湯浅レイ子氏]

エディトリアルデザイナー湯浅レイ子氏の連載三回目。連載前半の最後に、「教育者としての日下弘」にまつわるエピソードを語っていただいた。また、「デザイナー湯浅レイ子」のスタート地点についても触れられている。それでは今回もどうぞお楽しみ下さい。


 

理由を説明しないで、ごめんなさい。大福騒動。

 先生は授業中に講談社の前にうまい大福やがあるそうだ。食べたい。」と何度もおっしゃっていたので、私は大田区の自宅から講談社のある護国寺に行き、群林堂で大福を10個買い、赤坂の先生の事務所へお土産に持って行きました。

 大喜びで大きな口で1つ召し上がり、すぐにアシスタントの女性を呼び、持って帰りなさいと箱ごと渡されていました。私は???お口にあわなかったのかな、と思いお聞きしたところ、その日は金曜日で事務所においておくと固くなってしまうので、あの子にあげたんだ。でもせっかく持ってきてくれた君に説明をしなかったのは、悪かった。と、あとからも何度も謝られて私も大変恐縮してしまいました。

main011-1024x759mame06-1024x759 東京三大豆大福の群林堂!三島由紀夫や松本清張が愛した人気和菓子店 | 護国寺ナビ

デザイナーとしての姿勢

 ある日は大変ご立腹で、ある企業がアシスタントの方でかまいませんのでお願いできないかと頼んできたとおっしゃる。「僕が忙しくて遠慮して言っているのはわかるけど、誰が何をやるかを決めるのは僕だよ。断わった」 常時4-5名のデザイン事務所ならば、責任は全て主催者にあるので、このようなご判断になったことと思いますが、デザインや仕事に関する判断ははっきりされていたと思います。また、事務所の全ての仕事に責任もって関わっていらしたのは当然です。

 拝見させていただいたある進行中のムックはグリッドシステムで設計され、そのフォーマットを数種先生が作成する。その後、台割りにどのフォーマットを使用して該当ページを組み上げるかを書き入れ、その指示に添ってアシスタントがレイアウト、先生は途中経過を見つつ、出来上がるとチェックをし、修正あるいはOK指示を出すという流れとお聞きしました。本によってフローはケースバイケースだったようです。

 資材の選定など一人で行うものは夕方6時全員が帰宅された時間から。一人で遅くまで、また徹夜されたりしたと聞いています。

 時間管理に関しては、締め切りに遅れることはなく、必ず約束の日の前日に仕上げ、入った部屋の机の上に編集者に渡す袋が整然と並んでいました。当時は世界文化社の「家庭画報」、「かがくらんど」などの雑誌のレイアウトをされていました。

僕は教師だからね。でも、君たちはライバルだよ。

 授業の課題評価は、いい、わるい、をはっきりと伝えられました。良い時は自分のことのように満面笑顔で嬉しそうでした。

 何度も何度も褒め、そしてその後に「君たちは僕のライバルになるんだからね」と真顔でおっしゃるのです。

 何もできない私達のことをなぜそんなふうにおっしゃるのだろう、といつも不思議でしたが、自分も年を重ねると先生の気持ちがほんの少しわかるようになってきました。

 そして、手放しで良いと思うものをいいと褒められる方に教えをいただいたことを有難く感じています。先生の立場からすると、学生に係わらず褒めてその能力を伸ばすのも、萌芽を潰すのも簡単であったに違いません。何度も「僕は教師だからね」とおっしゃり、美術教育の基礎も受けていない私達を伸ばすことに徹してくださいました。

こんな手紙をかくのは、はじめてだよ。

 私は国文科卒だったので、スクール後就職の面接に行っても当時流行のカタカナ職業コピーライターではどうか、と言われることが多く、当然ですがなかなかデザイナー職は得られませんでした。勉強材料として既刊の雑誌を使用し、自分なりに再度構成し直して先生のところにお持ちし、アドバイスをしていただいたりしていましたが、ある時、

「まじめだねえ、きっと今にこんな努力が実る時がくるよ」

とおっしゃり、僕が手紙を書けば大丈夫だから、と角川書店に手紙を書いて下さいました。結果私は山手樹一郎先生の時代小説の文庫装幀を十数冊させていただくことになりました。

 打ち合わせ後に先生にお電話すると、「よかったね。山手だってね、連絡があったよ。がんばりなさい」と喜んでくださいました。

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(画像は全て湯浅レイ子氏より提供していただいたもの)

 こんなことは現実にあるのでしょうか。大福を差し入れして、そのあと年末にお花をお届けしているだけなのに、勝手な時にやってきて、元学生のレイアウトの講評をさせて、ご馳走までしていただいて、と。

「こんな手紙をかくのは、はじめてだよ。

だって君は僕のライバルなんだからね」

いつものようにそうおっしゃいました。

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