佐藤集雨洞の洞穴

twitterで「創元推理文庫旧装丁bot」を動かしている佐藤集雨洞のブログ

本を愛したデザイナー ―教え子からみた日下 弘のエディトリアルデザイン (一) [湯浅レイ子氏]

前回予告していた通り、今回から、エディトリアルデザイナー湯浅レイ子氏の文章を掲載する。

  • これまでの顛末(前口上)のまとめ

「突然舞い降りたメッセージ」 連載日下弘、の前口上(一) - 佐藤集雨洞の洞穴

「日下弘氏の経歴をまとめる」 連載日下弘、の前口上(二) - 佐藤集雨洞の洞穴

「執筆者湯浅レイ子さんのご紹介」 連載日下弘、の前口上(三) - 佐藤集雨洞の洞穴

まず前半(1回~3回)は、湯浅氏と日下氏との繋がりについて時系列でお書きいただいた内容である。それではお楽しみ下さい。

 

おたくな小学生。

 戦後の混乱が落ち着いた高度成長期に私は生まれました。小学校入学前に週間漫画雑誌『マーガレット』や『少女フレンド』が創刊。手塚治虫の「リボンの騎士」の載った月刊誌『りぼん』の発刊日を楽しみにしていました。当時世田谷の住宅地では、月刊誌は自転車で街の本屋が届けてくれました。小学1、2年で子供向けの世界名作全集(所謂ダイジェスト)の自分の好みのものは読み終え、以後翻訳文庫本を求めて放課後毎日書店で数時間は過ごしていました。父から子供には早すぎると叱られながらも、また内容も充分理解できなかっただろうにドストエスフスキーやゲーテなどロシアも欧米もなく読んでいました。

 住んでいた街の書店は、岩波文庫のベージュ色や岩波文庫の渋い色が充満している場所。その中で創元推理文庫は背のマークからして格好良く輝いてみえました。新刊が書店に入ると即カバーをチェック。ハヤカワミステリの小口の黄色も魅力的でしたが、内容とカバーの連動が子供だったのでいまひとつわかりにくかったのではないかと思います。

 乱読でどんな分野の本も読みましたが、アガサ・クリスティエラリー・クイーンなど、著名なミステリは1冊読了するとその面白さから、同じ作者の本を探してほとんど読んでいました。

 一番印象的だったカバーが、『大空の死』です。抜けたブルーに白、黒の色の取り合わせが斬新で本屋でよく目立ちました。デザイナーという職業についてから、この色の構成、特にブルーの印刷上のインク(CMYK)の組み合わせが慎重に計算されたものであったことがよくわかりました。

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 その後、同じような鳥肌立つ本が、三島由紀夫『豊穣の海』四部作(新潮社刊)。本体の四色の布にふれた時の感触は忘れられません。新潮社装幀室の代表作の一つとして現在も紹介されています。

 これが、私と装幀との、2つの大きな出会いでした。  

私でも役にたつのか。

 大学終了時は就職氷河期。卒業後、講談社児童局で小学生向け学習図鑑の編集補助のアルバイトをすることになりました。この時、装幀や本文の割り付け(レイアウト)という職業があるのを知りました。当時本文は編集者が数取器を使用して文字数を数え、鉛筆で指定紙に割り付け指示をしていました。おたくな小学生を経て、人に褒められたことのない10代を過ごした自分が、この作業で初めて編集部の方々から褒められたのに自分で驚きました。

 ではもう少し上手になろうと、アルバイトが5時で終わった後、夜間で市ヶ谷にあった日本エディタースクールに通いました。当時美大には夜学はなく、唯一編集デザインを夜間で習得できるのはこの学校だけで選択の余地はありませんでした。クラスは昼は出版社勤務の方、元美大生など本に関わる仕事をしている約20名ほどでした。  

えっ、先生、シャツが黒ですか、おしゃれですね!

 『大空の死』の装幀者日下弘先生が講師をされることを知り、小学生時代の自分に引き戻されました。高校、大学を通して先生の作品に触れることはほとんどありませんでした。その理由はあとでわかりましたが。どんなデザイナーの方なのだろうと思い授業を心待ちにしていました。

 長身で堂々とした体躯、オペラ歌手のような方。これが日下先生に実際にお会いした第一印象でした。『アートディレクター』としても心酔されていた萩原朔太郎と目元のあたりがよく似ていらっしゃいます。ネクタイやスーツの色は覚えていませんが、身につけるものも神経が行き届いて超の付く伊達姿でした。先生は「詩人の中の図像学」で、朔太郎を伊達男と何度も表現されていますが、自身もそうありたいと思われていたのでしょうか。

『昔はね僕もやせてたんだ、でもデザイナーになるとね、

座ってばっかりだからお腹がでてきてこうなるんだ。

君たちもそうなるんだよ。』

 そのとおりです、先生。若く痩せていた時の写真を皆で拝見しましたが、格好よかったですね。   FullSizeRender (1)

(写真出典: 日下弘「視覚リズム考」 北野徹・日下弘・ジュンキョウヤ(1984)『リズムの発見』(もりの出版)所収)

 編集デザインのクラスの講師は他に、日下先生の藝大図案科時代からの親友・現愛知藝大名誉教授の磯田尚男先生、マガジンハウス『アンアン』アートディレクター稲葉宏爾先生、『ブルータス』で堀内誠一氏の片腕を務め『MADE in USA』で成功をおさめた絶好調の新谷雅弘先生。広告の入れものとしての雑誌が華々しくスタートした時代でしたから、雑誌の授業は大変な人気と熱気がありました。

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(これが『MADE in USA』。⇒出典: 『字余り』あまり余らない・・・ GPPの無限大こっそりパワー

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