佐藤集雨洞の洞穴

twitterで「創元推理文庫旧装丁bot」を動かしている佐藤集雨洞のブログ

ブレット・ハリデイ&ヘレン・マクロイ 「本とバンシー」 (第三回 1953/3/26)

※作者名が片仮名表記の場合は、邦訳されたことのある作家であることを表わす。紹介された作品に邦訳がある場合には、邦題を附記する。

 

 

アガサ・クリスティ (Agatha Christie) 『葬儀を終えて Funerals Are Fatal 』 (Dodd Mead 2.50ドル)

 このコラムについて、編集者が出版社宛に告知を郵送するのをさぼっていたせいで今日の書評の対象は2冊だけとなった。どちらも、推理小説であり、Dodd Mead社から出版され、女性が書いた作品で、そして、どちらもとても優秀な作品である。

 『葬儀を終えて Funerals Are Fatal 』を読んで、既に50冊以上の作品を発表してきたアガサ・クリスティの状態が今もまだ最高潮か、それに近いところにあるらしいことが分かった。私たちにとって特に興味深いのは、容疑者の一人がマイケル・シェーンという名前だったということだが、彼はタフでも赤毛でもなく、本を通してコニャックを一杯引っかけ続けているということもなかった。

 リチャード・アバネシーの葬儀に参列して哀悼の意を表している一団は、実はエントウィッスル弁護士が遺書を読み上げるのを手をこまねいて待っている。物語はこういうお定まりの場面から、ゆっくりと、楽しげに幕を開ける。しかし第1章の最後にくると、いかにもクリスティ流といったやり方で、全てはひっくり返される。そんなに哀悼の意を表しているわけではない参列者の一人がこう口走るのだ。

「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」

 リチャードの死因は高名な医師によって自然死だと証明され、他の参列者もそのように受け取っていた。したがって、この発言は、エンダービー邸における穏やかな静けさの中、突然爆発音が鳴り響くのとほぼ同じ効果を及ぼすことになった。

 ミス・クリスティは、エルキュール・ポワロをでしゃばらせすぎることはないし、いつもの鮮やかなお手並みといった感じで、容疑をある人物からまた別の人物へと推移させてみせる。そして結末では、よく論理立てられた、そして満足のいく解決に遭遇することになる。しかし、動機が少しも説明されることのないレッドヘリングがいくつか見られることも、正直に報告せねばなるまい。これらも、読んでいる最中は、パズル性を累加して読むのをさらに楽しくさせてくれるのだが、作者がその顛末を説明したり正当化しようという素振りも見せずに結末を迎えてしまうと、読者は、いらだちを感じずにはいられないだろう。

アーシュラ・カーティス (Ursula Curtiss) The Iron Cobweb (Dodd Mead 2.50ドル)

 The Iron Cobwebは、殺人事件は起こらないが、謎と危機の物語であると言って良い。アーシュラ・カーティスには、生き生きとした文と予想外の言い回しで事物の見た目や音を呼び起こすという、天賦の才能がある。彼女は器用にも、彼女の作品の基本となる要素―家庭における安寧と、イヴニング・ランプのすぐ向こうの影の中にある、絶大な、計り知れない恐怖―をブレンドしてみせる。

 一つ、プロット内の些細な点が私たちを悩ませた。なぜヒロインは決定的な手掛かり―偽造小切手―を夫から、しかも物語の結末まで隠してしまったのか?ここで考えられる理由は一つだけである。彼女がそうしておかない限り、どんな物語も成立しなかったからだ!しかし、とても多くのページを割き、細を穿った描写で長続きするサスペンスが終わった際に、恩知らずな読み手であればこの点を何とか言って非難するのではないだろうか。

 アーシュラ・カーティスは、ベテランミステリー作家、ヘレン・ライリー (Helen Reilly)、つまり現在のアメリカ探偵作家クラブの代表、の娘である。そして、アーシュラの妹メアリー・マクマレン (Mary McMullen)もまた、優れた能力を持つ作家である。何年も家族はケープコッドに居住していて、この本の舞台も「ボストンの近く」に設定されている。

 ライリー家にはさらに、10代前半の3番目の娘もいて、彼女は、姉たちが手書きで物語を書く練習をしていた頃には、自分も難解な印を紙に走り書きしていたという。彼女によれば、そのヒヨコの足跡のような印は、姉たちが書いた言葉と同様に本物の物語を表現していて、それはヒヨコの足跡を「声に出して読む」ことで証明されていたのだという。―実際には進行に合わせて物語を作り出していたと言うことなのだろう。従って…数年の間に、私たちがライリー家の3人目の娘による作品を講評することも期待できそうだ。

余白の情報

 トマス・ウォルシュ (注:原文ではTom Walshと表記されている)が先日の夜、沢山の酒と沢山の会話のためにリッジフィールドからやってきた際、彼の新しい作品がどう進行しているか微笑みながら語ってくれた(仮題として「Execution Night 処刑当夜」と名付けられている)。一カ月足らず前、私たちが大変不憫に思う程、本が全然進まないと言っていたのとは全く違う人物の如しである。彼の最近2作と同じパターンを辿るのだとすれば、まずサタデー・イヴニング・ポスト紙の続き物として、その後Little Brownからハードカバーとして発表され、続いてハリウッドで映画版が製作されるだろうし、最後には25セントポケット版も出ることだろう。

(注:ネット情報によれば、トマス・ウォルシュ原作、Execution Nightの題で、Conflictというテレビシリーズの一編を成している作品がある。放送は1957年とのことなので、実際には、この記事の後も作品作りはさらに難航したのだろうか。)

www.imdb.com


佐藤より

 翻訳連載三回目となったが、いかがだったろうか。

 さて、ここまで特に断りなく書いてきたが、作者名・作品名について一言。これまでに翻訳されたことのある作品が扱われている際には、原題と共に邦題も併記することにしている。また、作者の名前については、これまでに一つでも作品が翻訳されたことのある作家については、その際の日本語表記になるべく準じた日本語表記を、英語名と併記する(今回の「アーシュラ・カーティス」はその例である)。これまでに翻訳されたことがあるかどうか、については以下のサイトの情報に依拠した。

ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List)

訳の堅さやまずさはどうぞご寛恕いただきたいが、ご意見ご感想など、お寄せくだされば幸いである。

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